素晴らしきリーダーの言葉~夜間飛行・リヴィエール~

By 2011/05/20 No tags Permalink 0

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星の王子さまで有名なフランスの作家サン・テグジュペリは、一方では実際に陸軍飛行連隊や民間航空郵便の飛行士をやっていたそうな。その時の経験は『夜間飛行』『南方郵便機』という小説として描かれています。

薄っぺらい本なんだけども、誠に内容は重厚で、登場人物たちの生き様が、見事に、そしてリアルに描かれてます。その中でも特に夜間航空郵便事業のファウンダーであり、支配人であるリヴィエールはとにかくサイコーで、彼のカッコ良さに、僕は何度かシビれてしまった。

パイロットやその家族、エンジニアたちと常に距離を取り、決して歩み寄ることをせず、冷酷と厳格を貫くその姿勢は、鬼かそれとも機械か、と思えるリヴィエールだけど、実は誰よりも夜間航空郵便事業に情熱を燃やしていたのも、リヴィエールその人なんですよね。

情熱冷徹

この二つはリーダーに必要な根源的な資質と言えるかもしれない。決して小説の中だけの話ではなく、困難な事業の遂行、危機的な状況の中での決断、部下たちの鼓舞、このようなものは現実の世界でもとても大切なものだ。

”規則というのは宗教で言えば儀式のようなもので、馬鹿げたことのようだが人間を鍛えてくれる” P34

リヴィエールは暴風で出発が遅れたパイロットも、本当に不手際で出発が遅れたパイロットも一様に罰するという規則を徹底した。これは一見不公平に見えるかもしれない。しかし、これによって彼は飛行場に緊張を吹き込んだ。部下たちは悪天候による休憩を喜ぶのではなく、恥じるようになり、雲や霧が裂けたわずかな時間をも最大限に活かす努力を、率先して始めるようになったのである。

リヴィエールあらばこそ、全長1万5千キロメートルの全線に、郵便に対する信念がすべてを超えて行き渡った。

”あの連中はみな幸福だ。なぜかというに、彼らは自分たちのしていることを愛しているから。彼らがそれを愛するのは、僕が厳格だからだ” P35

上司が厳格であるが故に、部下は自分の仕事を愛することができる。見事なリーダーシップだと思わないだろうか。まさにリーダーとはかくあるべしだ。

”苦悩を引きずっていく強い生活に向かって彼らを押しやらなければいけないのだ。これが意義のある生活だ” P35

小説『夜間飛行』は、航空工学、航空技術、航空機製造技術、その他もろもろ、すなわち現代ではアビエーション(Aviation)と呼ばれる航空学がまだまだ未発達だった20世紀初頭に、自分たちが取り組んでいる仕事は世の中を変える。世界の発展を支える、そういうプライドを持って命懸けで未知の領域へ飛び込んでいった男達のドラマだ。ゾクゾクする。

いまどき、リヴィエールのように理不尽な上司がいたら、逆にあっという間にクビになってしまうだろう。だけど、リヴィエールは決して部下が嫌いで彼らを処罰をしたわけではない。

彼が心底嫌ったのは過失と事故、すなわち郵便の遅延や航空機の事故である。もし過失を許し、処罰をしなければ、やがて部下たちの気は緩み、結果的に大きな事故へとつながっていく。その大事故を防ぐためならば、彼は喜んで悪役になり、嫌われ者になった。

リーダーは部下から嫌われることを恐れてはならない。手紙を待つ人々に早く確実に、安全に郵便を届けること、これが航空郵便事業の使命なのだから。

”不運は常に内在する。とかく、人が自分の弱さを感じる瞬間がありがちのものだが、するとたちまちそれにつけ込んでおびただしい過誤がめまぐるしいほど押し寄せてくる” P93

…続く

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シャルトル大聖堂とイノベーション②

By 2011/05/20 No tags Permalink 0

520034494_09b26f49cc_zシャルトル大聖堂が焼け落ちたのは1194年。マリア信仰の中心地として栄えたシャルトルの町は、大聖堂と共に、マリアの聖衣が焼け落ちたことで落胆し、未来を見失いかけていた。

観光客はみるみる減り、経済的にも厳しい状況が続いていた。そんな中シャルトル大聖堂のルノー司教は意気消沈する町の人々を勇気づけ、奮い立たせ、もう一度シャルトル大聖堂の建造を行う、と高らかに宣言する。

僕はコッソリこのルノー司教という男をとても尊敬している。燃えてしまった聖衣をしれっと偽物を持ち出して、奇跡によって復活した、と言ってみたり、国王やバチカンからうまいこと金策してみたり、町の人々一人ひとりに声をかけて勇気づけてみたり、本当に優しさと豪胆さを兼ね備えた素晴らしいリーダーだからだ。

それに加えて、ルノー司教は前例や既成概念に囚われない、アイデアマンでもあったというからまったく恐れ入るしかない。

シャルトル大聖堂再建のためにヨーロッパ中から資金が集まったわけだけど、実際のところ、そんなもんは瞬く間に使い切ってしまったそうな。なぜならば、当時聖堂に利用する石はパリの周辺から川を使って運んでいたそうだが、パリからシャルトルへは調度良い川がなかった。そのため、大きな石を丸太で転がしながらシャルトルまで運ぶことになってしまった。距離にして80キロ。資金は枯渇し、町民も無償で奉仕したけど、やっぱり無理。再建して間もなく危機の到来である。

みんなが諦めようとした時、ルノー司教は言った。「もしかしたら、このへんにも探せば石はあるんじゃない?」自分たちの町には資源はない。よそから買って、運んでくるしかない、そう何百年も信じてきたわけだから、ルノー司教何言ってるの、という感じである。石を買ってくるのではなく、近くで探す。しかし、本気で真剣に探せば見つかるものである。ほどなくシャルトルの近郊で良質な石が発見される。しかし、川がないことに変わりはない。これではやはり資金が足りない。

ルノー司教は再びアイデアを絞る。これまでは大きな石を現場に運び、石工(いしく)職人が最適な大きさに加工を施していた。しかし、陸路で運ぶしかないシャルトルの場合、これは大いにコストの無駄である。そこでルノー司教は採石場の段階で石に第一次加工を施すというアイデアを思いつく。
すなわち採石場と建築現場の分業である。採石場の段階で岩ではなく、立方体に切り出すわけだから、大きさは小さくなり、積みやすくなり、運びやすくなる。これは大いに納期を短縮することになった。

石の問題は、こうやって見事に解決した。

無理だからやめる、ではなく、それがダメならこうすれば良い、しかも、こんな風に工夫したら、もっと安くなる。もちろん知恵を出したのはルノー司教だけではない、ルノー司教のもとに集った名もなき無数の建築士たちが真剣に考えたからこそ生まれた素晴らしいアイデアなのではないかと思う。

彼らが諦めずに知恵を絞ってくれたおかげで、今日の世界遺産シャルトル大聖堂が存在するわけである。アイデアとは、まことに大切なものだと思う次第である。

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